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5/05/2017

Rebel One Studio活動予定!

お久しぶりです!
引越などいろいろとあり、、、
5か月も浪費してしまいました。。

さて再スタートをきった瞬間にまた躓いてしまった私ですが、
のんびりペースでもいいから
楽しいことをやっていこうと思っています。

その第一弾?!
今週末、Feriaへの出店が決まりました!
是非是非パラグアイ在住の方も、日本の方もチェックしてくださいね!
↓↓↓
https://ardi.themedia.jp/posts/2346330


パラグアイのアンダーグラウンド発信拠点にて
今週末は楽しんで来ようと思います。

翌日からは仕事でイグアスです!

xx

Ardi


1/08/2017

Re...

再スタートです。 Rebel One Radio/レベル・ワンレディオ

2013年にスタートしたart + musicプロジェクトの一員として活動してきましたが、

パラグアイにいる間にドメインが切れてしまって、
サイトもblogもWebshopも何もなくなってしまいました。。。


もう一度小規模だけどリスタート。


パラグアイ支部、Rebel One Studio Asunciónとしてできること。
まだなにか全く分からないけれど、とりあえず始めます。

まずはパラグアイ向けに古着と絵の販売、日本にはパラグアイ情報を発信していこうと思います。

是非、Website、Facebookページをチェックしてください。


→ Website
→ Facebook


We are ROCKERS!

12/20/2016

El derecho de vivir en paz




スペイン語の歌紹介、第二弾。
でも今回は少しだけ伝えたいことがあったので、途中まで日本語です。

私のブログのPB数なんてほんとに微々たるものですが、
一人でもいいです。
なにか考える切っ掛けになってもらえれば。
そんな思いを込めてUPします。

この曲は平和に生きる権利と言って
ソウルフラワーユニオンの中川敬さんが日本語訳をつけたverをご存知の方も多いかと思います。

このビデオでは少しその歌詞を拝借しながら、シリア情勢と原曲を踏まえ歌っています。

静かに暮らし 生きる権利を
私は叫ぶ アレッポの空へ
飛び交う砲弾に 傷ついた街で
誰もが望む平和を

シリアは遠い 戦場となり
花々は皆 標的となった
月が輝き 悲しみ照らす
誰もが望む自由を

悲しいニュースがたくさん飛び交う毎日で。。
何もできないけれど黙ってはいられなくて。
この事実が忘れ去られないように、ただ記録したいと思います。
ほんとは絵に描こうと思ったんですが、今処方されている抗生剤が
私には強すぎて、手先がまともに動かない状況でして。。。
集中力もまばらでこの数日寝込んでいたため、、
弾き語りにしました。


別ブログにアレッポについて少し紹介しています。
何の話をしてるの?でもいいです、気になった方は是非、
もう少し読んでみてください。
↓↓↓
アレッポからのメッセージ



前置きが長くなってしまいましたが、この曲はチリのシンガーソングライター、Victor Jara / ビクトル ハラという人が1971年に作った曲です。アスタ・シエンプレ(コマンダンテ・チェ・ゲバラ)のキューバの歌手シルビオ・ロドリゲスらとともに、ヌエバ・カンシオン・ムーブメントの歌い手として知られています。

パラグアイではあまり知名度がありません。
というもの南米諸国というのはどの国も政治面で近代に至るまで恵まれているとはいえません。自由に音楽を楽しむまでに長い道のりがありました。
キューバ革命は61年、その10年後、やっとチリは社会主義国家を世界初選挙によって勝ち得ることとなります。しかし、軍事クーデターにより僅か3年で崩壊してしまいます。
そのクーデターで拷問を受け、包囲された人々と共に歌いながら亡くなったと言われている歌手、それがビクトル・ハラ。その後チリが民主化を達成する1990年まで国内では放送禁止となっていたそうです。

ちなみにパラグアイは1993年に民主化、それまでは行動制限、文化や思想などの統制、一般的な自由すらない独裁政権下にありました。現在も民主主義はあるものの与党独壇場の独裁政権です。
これは南米では珍しくなでしょう。その背景には、侵略の歴史と追いやられたインディヘナ。支配するものとされるものの関係。南米にはそういう柵が今も尚あり続けると思います。

皆さんが持っている南米へのイメージとは違っているかもしれません。
もしかしたら、チェ・ゲバラもビクトル・ハラもここではまだまだタブーなのかもしれませんね。
民主化されてから時間が浅すぎるのです。
失われた文化を多く背負う大陸だと思います。


話は戻って”平和に生きる権利”これは遠い南米の地からベトナム戦争について歌った歌。物悲しいけれど、愛に満ちたメロディがとてもきれいな曲です。
となりにいる人と歩幅を合わせて踊りたくなるような、そんなメロディ。優しさと愛情を私は感じます。


それでは直訳気味に訳してみましょう。

Victor Jara / El derecho de vivir en paz




El derecho de vivir 
poeta Ho Chi Minh,   
que golpea de Vietnam  
a toda la humanidad.  
Ningun cañon borrara  
el surco de tu arrozal. 
El derecho de vivir en paz. 

生きる権利を
ホーチミンは歌う
踏みつけにされたベトナムの
全ての人々について
どんな大砲にだって消せやしない
水田が刻む道を
平和に生きる権利を

Indochina es el lugar  
mas alla del ancho mar, 
donde revientan la flor  
con genocidio y napalm;  
la luna es una explosion  
que funde todo el clamor.  
El derecho de vivir en paz. 

インドシナは
遠く離れた海の向こう
花が摘まれるところ
虐殺とナパーム弾で
月が爆弾となり
全ての叫びを照らす
平和に生きる権利を

Tio Ho, nuestra cancion  
es fuego de puro amor,  
es palomo palomar  
olivo de olivar  
es el canto universal  
cadena que hara triunfar,  
el derecho de vivir en paz.

親愛なるホー、私たちの歌は澄んだ愛の炎
鳩舎の鳩、
オリーブ畑にオリーブのように
この歌は世界に響き
繋がりゆくだろう
平和に生きる権利を




 


   






世界中が小さな画面でつながる今。
誰もさして変わりはありません。
戦火の中に生きる人も
小さな画面から日々SNSを見るのです。
私たちと変わりなく。。。

当たり前の毎日を過ごしたいと望むことも
新しい音楽を発掘したいと思うことも
お洒落をして街に出てインスタにUP
世界中どこにでもある日常ではないでしょうか。

けれどもそんな日常に家族や大切な人を失い
自らも死の恐怖に震える人たち。

それもまた、私やあなたと同じく
スマホを操る普通の人たちの現状なんです。
私と何が違うだろう。
生まれた場所。
その程度じゃないでしょうか。
誰もが等しく持つ権利
同じ命が、魂が、
いとも簡単に脅かされることが辛くてたまりません。

悲しみの連鎖が起こり
憎しみは広がるでしょうか。
悲しいニュースが今日も流れます。


ビクトルハラの歌った
澄んだ愛の歌が連なり、
私たちは得る、平和に生きる権利を

ただ私は願います。



xx

Ardi


11/29/2016

アスンシオン観光情報; Shopping Multiplaza




家から一番近いショッピングセンター、ムルチプラサの紹介です!
アスンシオンに数あるショッピングモールの中でも一番庶民的なモール。
アウトレットストアも多く入っています。






Shopping Multiplaza

これまでに私が利用したことのある店舗を紹介していきます!




Zeppelin

楽器屋 家の近くなので困った時によく行く。高いから普段はメルカド4。
階上では音楽スクールも経営している。

↓↓↓


マクドナルド 

暑いときはここでソフトクリーム 3500G$
ソフトクリーム専門の販売ブースが屋外にあるので買いやすい。
↓↓↓

Zona 

プチプラパラグアイブランド。セールが安い。このワンピは20mil(400円)
子供のおもちゃも売っているので、息子が行きたがる。。。危険w
↓↓↓


フードコート 

ファストフードからビュッフェ、デザートまでいろいろ。

↓↓↓

Sallustro 


アウトレットショップ。ボトムスを購入。
↓↓↓


Unicentro 

アウトレットショップ。息子とお揃いのボトムスを購入。
↓↓↓


Cine Itaú 

映画館
↓↓↓

5Dシネマ 

10分程度のアトラクション
↓↓↓


その他、よく利用するのは銀行のATMや、Aqui Pagoというシステム加盟の両替ショップで電気代などを支払ったり、Wi-fi契約のことで、困った時に立ち寄る電話屋Tigoなど。
敷地内?のサレマというスーパーにもよく行きます。


有名ブランドだと、メイベリン、ナイキなどがある。
他は南米チェーンもしくはパラグアイのみのショップかな。
庶民派ショッピングですから!


11/02/2016

Che sará (Qué será)


スペイン語の練習に歌を覚えてみようと思い、、
いろいろ試しているところ。
耳なじみのあるものから始めよう。
というわけでケ・セラから。
Pueblo mio, que estas en la colina
tendido como un viejo que se muere
la pena, el abandono, son tu triste compañia
pueblo mio te dejo sin alegria. 
Que sera, que sera, que sera
que sera de mi vida, que sera
si se mucho o no se nada
ya mañana se vera, y sera 
sera, sera lo que sera.
Ya mis amigos, se fueron casi todos
y los otros partiran despues que yo.
Lo siento porque amaba su agradable compañia
mas es mi vida tengo que marchar. 
Que sera, que sera, que sera
que sera, de mi vida que sera
en las noches mi guitarra dulcemente sonara
y una niña de mi pueblo llorara. 
Amor mio me llevo tu sonrisa
que fue la fuente de mi amor primero
amor te lo prometo, como y cuando no lo se
mas se tan solo que regresare.

私の足りないスペイン語力で日本語に訳してみました。
↓↓↓

私の街、小高い丘の上
老いて死を待つように横たわる
痛み、見捨てられた、あなたの悲しい仲間
私の街、喜びもなくあなたをおいていく

なるように なるさ
それが人生さ
どんなに険しくとも、どんなに虚しくとも
明日はただやってくる
そう流れて行くのさ

友人たちはほとんど出て行った
残されたものも 私に続いた
残念だけど 皆愛していた、素晴らしい仲間を
だから行かなければならないんだ

なるように なるさ
私の愛しい人よ
夜に私のギターが甘く響くだろう
そして、少女は涙を流す

愛する人よ、あなたの笑顔が恋しい
それは私の愛の源だった
約束しよう いつになるかは わからずとも 
ここへ帰ってくると 


ホセフェリシアーノによるスペイン語訳は若干原曲のイタリア語詞とは違います。
けれど大まかな雰囲気はほぼ同じ。
音を似せて言葉を選んだ感じでところどころニュアンスが違う。

もとは1870-1880年代に作られたイタリア民謡を基にした歌だそうです。
貧しく生活環境の悪かった南イタリアの人々が多くアメリカに移り住んだ時代。
1970年代のイタリア経済の衰退と重ね合わせて作られたらしい。
田舎町から出ていく移民たちの不安と葛藤。
何か少し私にも響くものがある。。




CDはこちら↓↓↓




世界中のいろんなアーティストがカバーしてる曲ですが、
一番’来る’のはこの人のバージョンではないでしょうか?




木村さんによる和訳が危険すぎる。
涙腺が。。崩壊します。
高津の宮の木村さんのライブは本当に素晴らしい。
日本に帰ってしたいことはお正月にここに行くこと。

  海を見てると 君のことを思い出す
  振り向きざまの あの笑顔 この胸に広がる
  楽しい楽しい日々を 辛く切ない日々を
  君と共に暮らした日々を 忘れられない日々を 
  ケサラ ケサラ ケサラ
  今日の一日を 雨の日も風の日も
  ケサラ ケサラ ケサラ 
  夢の中 行き交う 今日もいろんな人が
  争うことなく暮らせるように 共に暮らせるように
  ケサラ ケサラ ケサラ 
  君の生き道を 雨の中 風の中
  ケサラ ケサラ ケサラ
       ケサラ ケサラ ケサラ
  巡る季節の中を 前を向いて歩いてく 
  ケサラ ケサラ ケサラ 
  ケサラ ケサラ ケサラ
  今日の一日を ふれあい 分けあい 愛しあい 
  ケサラ ケサラ ケサラ 
  ケサラ ケサラ ケサラ
  今日の一日を 前を向いて歩いてく 
  ケサラ ケサラ ケサラ 
  ケサラ ケサラ ケサラ
  巡る季節の中を 前を向いて歩いてく
  ケサラ ケサラ ケサラ 
  ケサラ ケサラ ケサラ
  今日の一日を ふれあい 分けあい 愛しあい 
  ケサラ ケサラ ケサラ 
  ケサラ ケサラ SARA



↓↓↓







関連記事

↓↓↓

https://tomiko-ardi.blogspot.com/2014/11/we-are-leopards-2.html







今日の一日を。。


そこから始めよう。

先の見えない不安も


Qué será...


xx

Ardi




10/30/2016

Lomiteria Peruana

f:id:arditomiko:20160621155238j:plain

República Argentina通りにあるロミテリアPeruana。

私が働いている日本語学校の近くです。
ターミナルからは Linea 31, 18, 37‐Cなど多くのバスが前を通ります。

夜の20時以降に開いていることが多いです。





f:id:arditomiko:20160621155250j:plain

ハンバーガー hamburgesa 15mill

潤平たっての希望の

チョリソー&パパ フリッタ chorizo y papa flita 20mill

合計 total 35mill

たかーーーーい








そこで出てきたのは!!!
なんじゃこりゃーーーーーー!
ボリューム半端ない。。





でかい!
でかい!
とにかく、でかーーーーーい!




二人で食べても明らかに多い。。。




顔よりでかい。。


ここはかなりお勧めです。

水色の看板にperuanaと書いてあります。
CCPという照明のお店の近くです。

昼間は営業していないのでご注意を!

パラグアイではハンバーガーをよく食べますが、
チェーン店より、こういう普通のお店の方が
おススメです!

トッピングはし放題!
ボリューム満点ですので、
大満足だと思います。

是非是非、気軽にこういうお店に立ち寄ってみてください。



xx


Ardi


9/12/2016

イグアスの滝はすごかった。。


イグアスの滝ツアーもこれで最後。
最後の最後まで圧巻!



もう何が何だかわからないほどの水量です。


なにこれ?!
理解の域を超える迫力です。


純粋に楽しかった。
この数か月、笑うこともままならない精神状態の私でしたが
ほんとに心底楽しんだ。



無理してでも行ってよかったと思う。
皆さんも是非、南米を訪れた際は
お立ち寄りになってみてはいかがでしょう?
ブラジル側、アルゼンチン側、
両サイドから見られるらしいです。
私はブラジル側から入りました。


息子ちゃんはちょいビビってました。w


最後はエスカレーターで階上へ。
上から見下ろしておしまい!



バス待ちに出会った日本人のご家族と。
お父さんがブラジルの南部に単身赴任していて、
今は夏休みの旅行に中心街まで出てきているんだって。

とても素敵なご家族で、お会いできて本当にうれしかったです。


ずーっと待っていてくれたタクシーのおじちゃん。
追加料金もなしで、本当にただのいい人だった。
とっても嬉しかったので最後はありったけのチップを支払った。
といっても20mill400円程度だけど。w

後々知ったんだけど、パラグアイの国境からイグアスの滝まで
だいたい$20、往復で$40

国境からホテルまで$7-8、往復$15

ターミナルまでは$6

という訳で計$65、325millG$

そういえば最初300millG$っていてたな、、、

$40=200millG$でホテルから
出入国手続きをしてもらって、
滝の駐車場代も込みで、
私らが滝見てる2-3時間待ちぼうけして
ホテルに戻ったら荷物運んでくれた
タクシーのおっちゃん

お陰でノープランだったけどイグアスの滝見れたよ。。。




以下、アクセス方法です。
Wikiより。

私は上にも書いたように
パラグアイ、シウダー・デル・エステのホテルからタクシーで、
往復とバスターミナルまでで200mill4000円程度で行きました。
一人だと高いけれど、割り勘にしたら、安いんじゃないかな?
なにより楽ちん快適でしたーーーー!

アルゼンチンからのアプローチ
  • 滝へのゲートウェイとなる町はプエルト・イグアス。街中のバスターミナルから路線バスに乗り、国立公園内のビジターセンター前で降りた後軽便鉄道に乗り換えて終点の遊歩道入り口まで行き、さらにそこから歩いて滝を見るというのが一般的なルート。
  • アルゼンチン側の景観は、大小無数の滝がかかっているのが大きな特徴であり、それを縫うようにして掛けられている遊歩道を歩きながらその景観を楽しむことができる(遊歩道は、滝を上から眺めるルートと下から眺めるルートの2つがある)。アルゼンチン側の遊歩道からは、「悪魔の喉笛」を上から見下ろすような格好で眺めることができる(このページ右上の画像はアルゼンチン側から撮影したもの)。また、川の中州にあるサンマルティン島へ向かう船着場から、滝つぼに飛び込むボートツアーが出ている。
ブラジルからのアプローチ
  • 滝へのゲートウェイとなる町はパラナ州フォス・ド・イグアス (Foz do Iguaçu-PR)。街中から空港経由国立公園入口行きの路線バスに乗り、終点にあるビジターセンターで専用のシャトルバスに乗り換え、終点の一つ手前のホテル前から遊歩道を歩いて滝まで行くというのが一般的なルートである。
  • アルゼンチン側とは景観が多少異なり、こちらはそれほど多くの滝はないが、一つ一つの滝が大きいのが特徴であり、アルゼンチン側にある「悪魔の喉笛」と変わらないくらい迫力のあるシーンを何度か楽しむことができる。また、展望台から「悪魔の喉笛」を対岸から見ることが出来る。
  • フォス・ド・イグアスは滝へのアクセスポイントとなる3つの町のなかで最も規模が大きく、アルゼンチン側に行く場合でもここを拠点にした方が動きやすい。フォス・ド・イグアスからプエルト・イグアスまではバスで2時間前後、シウダ・デル・エステまではバスで1時間前後(国境でのパスポートコントロールをそれぞれ含む)である。
  • フォス・ド・イグアスへは、空港へはブラジル各地から、バスターミナルへはサンパウロクリチバなどブラジル各地から昼行・夜行バスが出ている。
パラグアイからのアプローチ
  • 滝へのゲートウェイとなる町はシウダ・デル・エステ。ただし、直接滝に行くことはできないので、一旦フォス・ド・イグアスに出た上でブラジル側に観光に行くか、直行もしくはフォス・ド・イグアス経由でプエルト・イグアスに出てアルゼンチン側に観光に行くかいずれかのルートをとることが必要である。



アスンシオンまでの帰りのバスがまた、、、何故かすんごい安くて。。。
たった50mill...1000円???子供料金??

お金余ったのでちょっと一杯ひっかけてるとこ。

フェルナンド・デ・ラ・モラについて乗ったタクシーがまた
何故か深夜なのに行きよりも安くて、、、

帰ってこられるか心配だったけど、、、
余裕でした!

とにかくすべてがトントン拍子の素敵な旅でした!


xx

Ardi



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